vol.30-1 境川を歩く(上矢部・尾根緑道) 編


Vol.30 2006. 03. 21
境川を歩く(上矢部・尾根緑道) 編

@JR矢部駅
矢部駅南側には、大きなマンションが建ち並びました

 梅の盛りを過ぎ、桜がつぼみを膨らませています。来週ごろには、ぱっと咲きほころびような気配です。楽しみです。
 先月は雨のため中止でした、今月の集合場所はJR横浜線矢部駅、いつもの仲間が集合して、境川周辺、相模原市・町田市を民俗学散歩に出かけました。
 今日の行程
@JR矢部駅→陸軍造兵廠跡→A上矢部の薬師堂B上矢部の画像板碑→C上矢部の土塁→D上矢部の御嶽神社→E常盤の日枝神社→F尾根緑道→G箭幹(やがら)八幡宮→H山王の日枝神社

陸軍造兵廠跡 記念碑
@JR矢部駅→陸軍造兵廠跡
 マンションの東側は開放公園、公園の片隅に陸軍造兵廠跡の記念碑がありました。第三代廠長 原乙未生書と刻まれています。かつての大戦に相模原市の地が大きな役割を果たしていた、重い意味を込めた石碑です。
 その後ここ現在のマンションの地には相模原労働基準署がありましたね、時代とともに大きく変化しています。
 
 
記念碑の前で、今日のメンバー 

@JR矢部駅→陸軍造兵廠跡
補給廠から旧国鉄引込み線の跡
住民の家庭菜園に利用されている

A上矢部の薬師堂

A上矢部の薬師堂
 境内には、上矢部街道の石の道しるべ碑が建てられています、
 上矢部村を通る道なのでこのように呼ばれていました。また、矢部新田を開拓した人々が、境川の水をくみに通った「水くみ街道」であるともいわれています

北西府中方面 南西上溝方面
道しるべより転載

B上矢部の画像板碑
B上矢部の画像板碑
 この板碑は乾元(けんげん)2年(1303)に建てられたもの、死者の供養のための石の卒塔婆(そとば)表面には梵字や仏像が刻まれ銘文が刻まれるのが普通である。この板碑には、阿弥陀如来の像と蓮花の花瓶が刻まれ、「乾元二年八月日」と記してある。
 鎌倉時代矢部義兼の供養碑であるといわれている。
相模原市 観光協会案内板より

B上矢部の画像板碑
阿弥陀如来の像と蓮花の花瓶が、見えますか?
C上矢部の土塁
 中世の矢部氏城跡、土塁が少し保存されていました。
近くでは、分譲地の大売出しの旗がにぎやかに並んでいました。
 歴史跡と現代を共存させるのは、難しいですね。



C上矢部の土塁

 

B上矢部の画像板碑
上矢部の薬師堂までの行路風景、左米軍補給廠、塀の上部には鉄条網が、右防衛庁宿舎。
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